elveさん抜きで話進めてくれ、意味がわからん

elveの昔のブログ(ダイアリ時代)

No.0406

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No.0404 - elveさん抜きで話進めてくれ、意味がわからん
ハイクで返信を貰った。
元記事斜め読みで有名人の自殺に下世話なマスコミウザイですわよねーとか思ってた私と違い
医療従事者として、「適切な治療をしていれば自殺しないもの、という考えは間違いです。治療中の患者の自殺は精神科医の責任だという判決は、そういった思想から出ているもの」ということだった。


読んでから、モヤモヤしていた。
「適切な治療をしていれば自殺しないもの、という考えは間違い」ではないだろ。
精神というものが何を適切とするかが難しいだけで、適切な治療をしても自殺することもあります、じゃ誰も治療したくなくなるだろ、とか。
(いや、治療してもしなくても適切でも不適切でも死ぬときは死ぬだろうとも思うけど、それはちょっと置いとく。)

医療事故の定義が違うかも

「精神科の治療目標が可能な限りの社会復帰」であるなら、「社会復帰の段階で、不幸にも自殺に至ってしまう方」がでるのはやっぱり医療事故なんじゃないだろうか。治療目標を達成できてないわけだから。
医療ミスという言い方はよくなかった。ただ、それは適切な治療じゃなかった=医療事故だろう、と。


自殺する時点で自己事故なんだろうけど(じこじこ言いたかっただけw)


事故があったら原因と対策が欲しくなる。
体調悪いから医者に行ったら手遅れだった。コレも誰のせいでもないけど医療事故なのかなぁ、と思う。
原因は早期発見できなかったことで、対策は定期検診、って感じになるのかと思ってる。
メンヘラの自殺の場合、なんとなく「しかたない」「ひとそれぞれ」みたいのが強すぎるんじゃないかと思う。


さて、メンヘラって精神科にかかってなかったらどうなのさ。
となると、やはり「適切な治療をしていれば自殺しな」かったかもねぇって思うわなー。
ただ、それを遺族に言うか? つーのは別の問題だと思う。

誰が誰を責めるの?

「治療したら絶対自殺しないみたいな言説」があることで、家族が責められたりしないか、危惧

治療中の患者の自殺は精神科医の責任だという判決は、そういった思想から出ているものと私は思いました。

って整合性があるのだろうかー。
適切な治療方法が見つかっていない病で人が亡くなったときに、今分ってる範囲でどのくらい適切だったんだろうね、どのくらい責任があるんだろうね、というのを法廷で争い、客観的に観て「精神科医の責任だという判決」が出てるんだと思うんだけどね。


さて、自殺者の「家族が責め」るのは誰なんだろう、と。
宇多田ヒカルの場合、私は「藤圭子・宇多田ヒカルから考える「母娘関係」:日経ウーマンオンライン【トレンド(ライフ)】」で始めて宇多田ヒカルを責める文章を見た。

 もしかすると、あなたの脳裏にも、ちらりとでもよぎってしまったのではないでしょうか?


「どうなっているんだろう? この母娘は」「宇多田さんって、もしかするとちょっと……?」と。


 少なくともテレビのコメンテーターの言葉の端々や報道される見出しの数々に、そんな雰囲気が流れるともなく流れていたのは否めないのではないでしょうか。


 宇多田さんからのコメントはまだか、公に姿は現さないのか、そういえばまだ葬儀所へ亡き母のお顔を見にきていないんじゃないか。やきもきしていたファンのかたもいるでしょう。


 4日経ち、コメントが出され、5日目には遺体との対面が報じられて、世間には、どこか安堵感すらあったのではないでしょうか。

マスコミの話題作り以外で、そんなのみたこと無いなぁ、というのが正直な感想。私は人付き合いも情報収集範囲もとてもとても狭いけどな(;´Д`)
「もしかするとちょっと」なんなんだよ!?
あほくさいよな


たぶん、遺族にこういう勝手な妄想押しつけて迷惑なアドバイスしたがる奴ってのは「治療したら絶対自殺しないみたいな言説」が原因ではないと思うんだよね。
マスコミのように生活かかってるか、有用なアドバイスをする優位な自分に酔いたい人間なんじゃないかと思うんだ。


で、そういう人間は「必要がないことは全カットするくせ」とか持ってそうだよね、という話w