elveさん抜きで話進めてくれ、意味がわからん

elveの昔のブログ(ダイアリ時代)

No.0250

うちの母は夢見る乙女である。現実には妄想癖のババァであるが、なんというか、本人の認識が乙女なので仕方ない。
「ある日、映画監督が現れて、『僕の映画に是非こういう人が必要なんだ!』と銀幕デビューするかも」とか本気で思って口にする人である。


母が言う。

中学生の頃、虐められてるまで行かないけど、私が行くとみんなの空気が変わるのを感じた。疎外感を感じた。ウチが貧乏だから、私がブスだからみんなに馬鹿にされてるんだと思って、クラスメートと遊ぶよりも中学から私は働いていた。
この年になってクラス会。中学の時の同級生なんて顔も名前も覚えてない人たちと話すことになった。
(元)男子が言った。
「小学校から○さんと一緒だったけどさ、中学に入って急に大人っぽくなって、ちょっと俺らとは住む世界違ってたよな」
私、中学校で背が伸びたんだよね。成長期だった。それだけだったんだねぇ。

「それだけ」に彼女が長年どれだけの意味を妄想し、苦しんだかはちょいと想像を絶するのである。


まぁ何度か書いたが私は彼女に似てしまった故、我々はどちらかと言えばADHD系の女である。整理整頓とか苦手なんである。


苦手なのだが母は貧乏育ち故(?)、物欲のブレーキが壊れており、また、見栄っ張りなのだ。私のラッピング嫌いは「ここ」からきているような気がする。母はとても愛情深い人ではあるが、同時にいい人と思われたい人でもある。「いい人」なんて一瞬で定義が変化するものを追い続けているので彼女の情緒は安定しない。


彼女は「いいわけ」をしたがる。「いいわけ」だと言うと地雷で怒り出すのでアレだが、そんくらい「いいわけ」するのだ。なんというか、「ラッピング」の代償だろうな。ラッピングで元の値段よりも高価に見せようとする。でも、本当の値段を一番わかってるのは自分なんだ。だから「いいわけ」せずにはいられなくなる。


整理整頓が苦手だと当然「準備」も苦手になってゆく。どこに何があるのかわからないのだ。
そういうギリギリの状況をうちの母は運がいいのか勘がいいのか腕がいいのか、なんとかかんとか切り抜けて生きてきた。そして、それなりの苦労をした。
その苦労を分かれ、おまえも同じ苦労をしろ、その価値を尊べ、私の人生を肯定し、目指せ、と彼女は言う。


「私は、あなたみたいなやり方は嫌です」「そんなやり方でする苦労はしたくありません」
そういって拒否し、拒絶してきた。嫌でも似てしまうのだが。
ただ、私は母のやり方や人生を否定したいわけではない。その人生によって私の人生も支えられているから・・・と考えると否定したくなるので切り分けようwwww
母親としてみたときに決して合格点はあげられないが、他人としてみれば「いい人」なんじゃないの、と評したこともある。不服そうだったが。


アンタは私のだめ出しばっかりする、と言われるが、そうやって育てられたのだもの、ほかの会話の仕方なんぞ知らん。自業自得ってことでw